やっぱり鴨が美味しいよね~。
鼯鼠(むささび)も見ないなぁ~。
鼯鼠、鼺鼠とも書く。
野衾(のぶすま)、毛毛加(ももか)などの異名アリ。

ちょっと郊外の友人の家へ夜に行くとネ。
あ、屋根の上に鼯鼠がいるよ、なんて言うぐらい日常的だったんだ。
しかしココ数年は話も聞かないよ。

なぜ冬の季語かと言うと、晩冬から初春にかけてが交尾期だからのようだ。
むささびの呼び交ふ月の雲厚し/平子公一
鳴き声はまるで猫のようなと言うが、聞いた事は無い、思ったよりもデカイので驚く。
むささびの鳴く夜も廻す艾(もぐさ)臼/衣川砂生
『万葉集』で「牟佐々婢」、などと表記されており、すでにムササビの名前で呼ばれていたワケです。
遺跡からの出土も多く、古くから我々の生活の近くに居た日本の固有種です。

むささびとなりぬべうなり茶の羽織/山口素堂
むささびの夜がたりの父わが胸に/佐藤鬼房
むささびの飛ぶ夜やさしき男の眼/堀口星眠
むささびにくまなく星の粒立てる/矢島渚男

旧暦・安永八年十二月十八日平賀源内の命日。
歴史的、超有名人。
平賀源内は、エンジニア、博物学者、アーティスト、蘭学者、そして、文豪でありました。
「平賀鳩渓肖像」

享保13年(1728年)~安永8年12月18日(1780年)???
「李山」という俳号をもち、俳諧仲間と親交を重ね、「風来山人」という名前で、『風流志道軒伝』(ふうりゅうしどうけんでん)、『根南志具佐』(ねなしぐさ)などの滑稽本を、「福内鬼外」という名前 で『神霊矢口渡』(しんれいやぐちのわたし)などの浄瑠璃作家としても数々の作品を出版しました。
源内は、大都市江戸の大人気ベストセラー作家であり、 「江戸戯作の開祖」とも言われ、日本文学史上稀に見る天才作家です。
源内の功績は多数、多芸多才にしてエピソード多し・・・そのあたりは、ググッて下さい。
また、源内の死因が諸説ありまして、江戸の獄中で12月18日に悲劇の死の・・・他に、
伝馬町の牢から脱獄して、源内の庇護者、老中田沼意次の城下町・遠州相良に潜伏し、
源内は相良で八十歳まで生きていた、とのお話も・・・。
相良町前浜には隠棲していた「源内屋敷址」も残されていますが・・・真相は?
さて、俳人としての源内は、郷里の讃岐(現香川県さぬき市志度)で、
十七歳から二十八歳まで、西鶴門の椎本才麿の門下、指月堂芳山に師事。
俳号は李山、志度李山とも白石李山とも称したと言います。
湯上りや世界の夏の先走り
井の中をはなれ兼たる蛙かな
疵付る牛の足目や砕米薺(れんげそう)
垂乳女(たらちめ)の恩新(あらた)也更衣
湯上りや世界の夏の先走り
逗留の指を延すや若楓
谷深み玉や積らん白牡丹
辞世句「乾坤の手をちぢめたる氷かな」