やっとこさ、秋めく・・・。

日本の四季の移ろいは、実に曖昧模糊であります。
なぜならば、人それぞの主観で成り立っているからデス。
気象庁の定義や時候の二十四節気はあくまでも目安です。
ゆえに、四季は客観ではなく、主観で捉えざるを得ないのです。
同じ場所時間にいても、秋めくと感じる人、夏が終わると感じる人、分かれますよね。
秋めく・・・まさに主観、実態がないからこそ、現実的なモノを撮り合わせて具現化します。
そのアタリが日本独特の感性と季節感なのであり、美しい詩歌句が生まれる土壌なのかもしれません。

大阪に曵き来し影も秋めきぬ/加藤楸邨
秋めくと下駄履き出づる駒場駅/石田波郷
秋めくと日影ふまるる八重山路/飯田蛇笏

古書店の影さまざまに秋めきぬ/佐藤和歌子
けつまづくピエロ秋めく裏通り/笹岡峠
秋めくや軒に干さるる男足袋/小栗釣月

秋の七草・その五「藤袴/ふじばかま」
たまゆらをつつむ風呂敷藤袴/平井照敏

奈良時代に唐より渡来し帰化したとも、在来種であるとの説もある。
源氏物語、夕霧は玉鬘に藤袴を差し出して詠いかけるシーンが有名。
「おなじ野の露にやつるゝ藤袴あはれはかけよかことばかりも」
満州国の国章[蘭花紋]でもあった。

家持の妻恋ひ日和藤袴/牧長幸子
藤袴歌に詠むべき名なりけり/佐藤紅緑
藤袴ゆれれば色を見失ふ/山下美典
想ひごとふと声に出づ藤袴/英方裕子
不夜城の陽も翳ろうて藤袴/小栗釣月

秋の野ににほひて咲ける藤袴折りておくらん其の人なしに/沙門良寛

秋の七草・その六、葛(くず・葛の花)は、明日(十七日)です。