やはり、秋夕焼(あきゆやけ)が良いわ。

夕焼けは夏の季語。
でも、私は、夏のギラギラした夕焼けよりも、秋の淡い夕焼けが好きだ。
なぜなら、秋の夕焼けが悲しくも美しいからだネ。
秋の夕焼けを見ていると脳裏にイロイロな思い出が交差する・・・。
我が胸に鉛の矢あり秋夕焼/小栗釣月

なぜか人は、秋、家路を急ぐモノです。
待っている人がいなくても・・・。
智恵子抄ひらけば淡き秋夕焼/小栗釣月

鳩小屋に秋夕焼を賜はりぬ/石田波郷
招かれて秋夕焼の畳かな/岸本尚毅
鷺たかし秋夕焼に透きとほり/軽部烏頭子
秋夕焼け母のなき子のやうに去ぬ/池之小町

秋夕焼わが溜息に褪せゆけり/相馬遷子
秋夕焼芯はまつくろかもしれぬ/夏井いつき
校歌まだ歌えるふしぎ秋夕焼/渡邊禎子
チャルメラの笛の過ぎ行く秋夕焼/小栗釣月

10/5・本日・『レモン忌』

高村光太郎の妻、智恵子の命日を言います。

智恵子の臨終をうたった光太郎の詩「レモン哀歌」に因みます。
もう一つの、漢字の「檸檬忌」は、梶井基次郎の忌日[3月24日]ですので、お間違いなく・・・・・・。
『レモン哀歌』
そんなにもあなたはレモンをまってゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱっとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それから一時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
久しぶりに智恵子抄を・・・。
合掌。