3/14・本日・【真砂女忌(まさじょき)】+開花宣言成るか?
昨日(3/13)は、東京に催花雨(さいかう)が・・・。
本日(3/14)、桜の開花宣言はあるでしょうか、楽しみですネ~。

生涯を恋にかけたる桜かな/鈴木真砂女
「愛するとか愛さないとかいうのは、生涯一人ですよ」

あるときは船より高き卯浪かな
菜の花や今日を粧ふ縞を着て
羅や鍋釜洗ふこと知らず
心中に海ありという春の海
髪に櫛とほりよき朝夏燕
女老い仏顔して牡丹見る
腹立ててゐるそら豆を剥いてをり
秋七草嫌ひな花は一つもなし
本日、三月十四日、鈴木真砂女の命日デス。

1906年11月24日~2003年3月14日
平成十五年没、大往生九十六歳。
生家は房総地方に名の通った老舗旅館「吉田屋」。
現在は「鴨川グランドホテル」と改名。
大波乱人生・・・ニ度の結婚、ニ度の離婚に不倫の恋の数々。
すみれ野に罪あるごとく来て二人
羅や人悲します恋をして
死にし人別れし人や遠花火
男憎しされども恋し柳散る
落葉焚き人に逢ひたくなき日かな
恋多き俳人。
生涯一人と言い切っておきながら・・・。
しかし、恋の度に、本気でそう思っていたのかもしれない。
真砂女をモデルに丹羽文雄が『天衣無縫』 、瀬戸内寂聴が『いよよ華やぐ』という小説を書いている。
親戚に、こんな人がいたら一族は大変だ。
それもカナリ封建的な時代ですからね。
彼女の生き方や発言には賛否両論ありますが・・・。
正直に生きたのでしょうね、ある意味、羨ましい。
「やっぱり女には尽くすという幸福感がなきゃだめだと思うの。
男に尽くす、と思いますよ。尽くす幸せ。尽くさせれる幸せじゃなくて尽くす幸せ。」
ジェンダーレスを高らかに叫ぶ時代。
この発言は間違いなく物議を醸すでしょう。
しかし、あえて批判を承知で言うならば、いつの時代においても。
男らしさや、女らしさは、必要なのではないでしょうかね。
【真砂女忌】
千代真砂女寂聴恋猫昭和遠し/武田克子
海に来て浪の音聞く真砂女の忌/後藤綾子
真砂女の忌安房の卯波に力得し/小島禾汀
春浅し真砂女の弱音聞きゐたり/赤榴子
真砂女忌の手鏡ほどの忘れ潮/寺尾上枝
紅梅の満開の艶真砂女逝く/皆川盤水
羅や真砂女のあとに真砂女なし/柳家小三治
真砂女亡き銀座の灯桜鯛/山崎悠二
日本海波まだ高し真砂女の忌/小栗釣月
では、本人の句をさらに幾つか。
ゆく春や海恋ふものは海で死ね
白魚や生けるしるしの身を透かせ
九十年生きし春着の裾捌き
鰤は太り秋刀魚は痩せて年の暮
降る雪やここに酒売る灯をかかげ
ゆく年を橋すたすたと渡りけり
不機嫌の二つ割つたる寒卵
辞世の句はわからない。
が、それっぽい句を三つ。
今生のいまが倖せ衣被(きぬかつぎ)
来てみれば花野の果ては海なりし
【本人が希望してお墓に記した句】
芽木の空浮雲一つゆるし希(けり)
さて、鈴木真砂女は、蛍の句が圧巻であります。

死なうかと囁かれしは蛍の夜
恋を得て蛍は闇に沈みけり
死に急ぐなと蛍に水ふいて
恋遂げし蛍ゆっくり夜明け待つ
とほのくは愛のみならず夕螢
女一人目覚めてのぞく螢籠
螢(ほうたる)の死や三寸の籠の中
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【卯波】閉店の記事【俳人・鈴木真砂女さん創業の小料理屋「卯波」閉店】