五月の朝焼。
朝散歩猫に会えない五月尽/小栗釣月
寒暖差が激しいと猫ちゃんも疲れるようで。
五月はあまり外に出たがらない、雨の時は尚更です。
こちらは早朝だけサラリと降る事が多いのです(涙)。
月が観える時は夜の散歩。
観えない時は朝の散歩。
散歩の最大の目的は仲良しの猫チャンに会うコト。
ホボホボ毎回会えるのは、金太郎(本名)・ニャン三号(本名)・ノア(本名)・ザグ。
不定期は、リンリン・デビル・マダラン・チャチャ。
すべて飼い猫です。
野良チャンは全然見ないなぁ~。
大雪が続いたから生き延びれなかったんだろうね~。
恥ずかしながら今回は、私がスマホで撮影した画像を三枚掲載。



むらさきに里山にほふ五月尽/小栗釣月
明日からは、六月。
早過ぎるんだけど(笑)。
あれこれ、まだ、解決に至らず。
人間とはなんて欲深いのだぁぁぁ(笑)。
足るを知って欲しいなぁ、まったく。
煽てられ思案はすれどさみだるる/小栗釣月
あ~、人生楽ありゃ、苦もあるさ、ホイホイ(笑)。
金を残して死ぬ者は下だ。
仕事を残して死ぬ者は中だ。
人を残して死ぬ者は上だ。
by後藤新平
令和五年(2023年)五月、【俳句愛好会・幹】今月の句、落掌致しました。
早くも近畿東海、梅雨入りのようで・・・。
う~ん、梅雨ね~。
でも、雨が降らないとそれはそれで問題ですからね。
それよりも心配なのは頻繁な地震・・・そして水害です。
皆さんも油断なきようにお過ごしくださいマセ。
さて、今月の俳句愛好会『幹』の兼題は、夏の季語、『五月雨(さみだれ)』でした。

他、夏の季語で自由題。
投稿いただいた会員の皆さんへの、添削&アドバイスは随時。
会報は六月十二日ごろまで送付します。
尚、次回の兼題ですが、今回は趣向を変えてまして・・・。
【オノマトペ】を使用した創作とします。
オナマトペ~「擬音語」と「擬態語」と「擬声語」
水枕ガバリと寒い海がある/西東三鬼
*ガバリがオノマトペですよね。
この句のように、わざわざカタカナにする必要はアリマセン。
困ったことに、この句の印象が強過ぎて、ガバリを使えないワケですよ(笑)。
ただ、すべてのオノマトペがこのように効果的であるかは疑問です。
オノマトペは、フランス語の「onomatopée/オノマトペア」を語源とする、音(おん)で象徴的に表したモノ・・・「擬音語」と「擬態語」と「擬声語」です。
具体的には、自然界の音や声、物の状態や動き、人間の心理描写ですね。
「擬音語」と「擬態語」と「擬声語」の、違いについては、自分で調べてみましょう。
オノマトペは、命の力強さ、物質の特性、感情の揺らぎを読み手に伝え、インパクトを与える効果があります。
一種の模倣ですが使い方によってはその物の本質を導き出す手法でもあります。
しかし、物理的且つ慣用的な表現に使うと途端に稚拙で月並みになります。
これは是非とも避けなくてはいけないのです。
一つの「擬音語」と「擬態語」と「擬声語」で、たくさんの意味をもつ場合も問題にもなります。
例えば、ゴロゴロ・・・一日中ごろごろしている、雷がごろごろ鳴る、お腹がごろごろする。
ひらひらと花が舞う、さらさらと塩を振る、しんしんと雪が降る、だらだら、うろうろ、どきどき、はらはら、など。
ありふれた使い古されたオノマトペを使用するとその一句は台無しになります。
月並み以下と言ってもよいでしょう。
手垢のついたオノマトペは要注意なのです。
しかし乍ら、使い古され手垢のついたオノマトペを使用した名句もあります。
春の海終日(ひねもす)のたりのたりかな/与謝蕪村
しんしんと肺碧きまで海のたび/篠原鳳作 無季
へろへろとワンタンすするクリスマス/秋元不死男
をりとりてはらりとおもきすすきかな/飯田蛇笏
雪嶺よ女ひらりと船に乗る/石田波郷
マヨネーズおろおろ出づる暑さかな/小川軽舟
母の日の母にだらだらしてもらふ/正木ゆう子
三月の甘納豆のうふふふふ/坪内稔典
らあめんのひとひら肉の冬しんしん/石塚友二
涙なし蝶かんかんと触れ合いて/金子兜太
上記の作品のように、ありふれたオノマトペで詩歌句を構成するには並外れた技量が必要になります。
では、どうするか。
そのヒントの一つは短歌にあります。
俳句より短歌ではオノマトペの使用頻度が少ないように思います。
ゆえに、貴重であり参考になるのです。
歌人の佐々木幸綱氏がオノマトペについて非常に面白い考察をしています。
まず、その佐々木幸綱氏の有名なオノマトペを使用した短歌をご紹介。
ひばりひばりぴらぴら鳴いてかけのぼる青空の段直(きだ・すぐ)立つらしき
サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝を愛する理由はいらず
ゆく秋の川びんびんと冷え緊まる夕岸を行き鎮めがたきぞ
因みに、弟子の俵万智だと、こうなる(笑)。
白菜が赤帯しめて店先にうっふんうっふん肩を並べる
自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ
ふうわりと並んで歩く春の道誰からもみられたいような午後
更に、佐々木幸綱氏の名編。
~オノマトペ先進地 <俳句>~
から、引用させて頂きます。
オノマトペには、現代短歌が忘れている<肉体のリズム>の表現がそこにある。
現代短歌におけるオノマトペというと、すぐ流行の歌謡性(大和言葉[言霊]由来の歌う言語性)を連想されそうだが・・・。
中略。
歌謡性というより、感覚の言語化に際して<肉体>をいかに深くかいくぐったかを示す、<言語の肉体性>、言葉を換えれば<肉声>の問題としてこれを見ていった方がいいのではないか。
私たち短歌を作る者が実践的に俳句から盗むべきものは、この、<言語の肉体性>なのであり、その突出した一つにオノマトペがある、というのが私の考えである。
俳句はリズムで世界を認識するのが得意である。
リズムとは、当然言葉のリズムであるが、言葉のリズムを選びとるのは生きている人間の<言語のリズム>である。
俳人は、だから、おのずと<肉体>を生きることに鋭敏になっているのではないか。
以下、略。
では、現代歌人のオノマトペを使った有名な作品を・・・。
たとへば君 ガサッと落葉すくふよやふに私をさらつて行つてはくれないか/河野裕子
土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ/河野裕子
我慢して生きてゐなくていいのよとぽちよんと言ひて金魚が沈む/河野裕子
べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊/永井陽子
からーんと晴れた空にひばりのこゑもせずねむたさうな遮断機/永井陽子
さやさやさやさあやさやさやげにさやと竹林はひとりの少女を匿す/永井陽子
月ひと夜ふた夜満ちつつ厨房にむりッむりッとたまねぎ芽吹く/小島ゆかり
蟬はみな小さき金の仏にてせんせんせんせん読経のこゑす/小島ゆかり
炎昼のわあんゆうんと歪みつつ樹木は蟬の声に膨らむ/小島ゆかり
俳句でもあれこれ。
むめ(梅)がか(香)にのつと日のでる山路かな/松尾芭蕉
この「のつと(のっと)」と言うオノマトペは大ブームを起こしたとか(笑)。
当時では画期的でした。
白魚のどつと生まるるおぼろ哉/小林一茶
雪解けてクリクリしたる月夜かな/小林一茶
稲妻のうつかりひょんとした顔へ/小林一茶
近代俳句でオノマトペと言えば・・・川端茅舎ですね。
ひらひらと月光降りぬ貝割菜
ひろびろと露曼荼羅の芭蕉かな
一聯(いちれん)の露りんりんと糸芒
露の玉蟻たぢたぢとなりにけり
よよよよと月の光は机下(きか)に来ぬ
如何でしょうか?
参考になりましたか。
オリジナリティの高いオノマトペを創作して欲しいのです。
新しい表現、新しい発見、新しいオノマトペ。
期待しています。
他、夏の季語で自由題。
締切は、六月二十九日です。
会員以外の方の投稿も大歓迎。
鍵コメやメッセージにて送って頂ければ良いです。
蓴菜。
昨日(5/28)の、恒例の街角LIVE。
遠方より応援に来て頂いた・・・H.T様。
誠に、誠に、ありがとうございました。
手作りアイテム良かったです(笑)。
我が心ゆたにたゆたに浮蓴辺にも沖にも寄りかつましじ/詠み人知らず
児の笑顔地面に映えて蓴生ふ/鈴鹿百合子
蓴生ふ砂丘の上の二つ池/小栗釣月

夏の季語、蓴菜(じゅんさい)。
古名を、根蓴菜(ねぬなわ)、沼縄。
蓴(ぬなわ)、奴奈波、とも書く。
蓴生(お)う、とは、蓴菜の新芽が出る事。

近年の蓴菜は、高級食材であります。
ゼリー状の粘液で包まれた若芽の食感と独自の風味。
悲しいかな、スーパーの蓴菜は、水煮か酢漬けなのだ。
あれは蓴菜とは言えない、風味と食感がまったく無い。
夏に食べてこその蓴菜。

やはり冷やし汁がイイ。
蓴菜入りの冷たい茶碗蒸しも最高に旨い。

ほか、酢の物、天麩羅もGOOD。
長芋と合わせても良しっ♪

蓴菜は、希少種、レッドリストである。
別名、食べるエメラルド。
産地は秋田と山形。
我が県も多少は採れているが・・・絶滅危惧II類。
蓴菜採りの舟を、蓴(ぬなわ)舟と言う。

蓴舟沼底擦つて戻りけり/皆川盤水
練達の魔女三人の蓴舟/柳川晋
蓴すする父と無言の酒なりし/金子輝
蓴菜と問答してをり竹の箸/水谷ひさ江
蓴池より道濡れて続きけり/大崎紀夫
蓴池夷狄(いてき)に挑む志士の群れ/小栗釣月

夷狄=野蛮な侵略者、転じて、池や沼の特定外来種。
日本に流通している蓴菜の八割は支那産。
なんでもかんでも支那産かよ、情けない。
【本日野外LIVE】+『蚕豆(空豆)』
本日、わたくしのBeatles専門インストDuoうつけ無双(E.Sax&E.Guitar)のライヴです。
毎月恒例の街角LIVEでございますぅぅぅぅぅ♪

演奏前後もアレコレありまして、帰宅未定。
皆様のBlogには、ご訪問が出来ないと思います。
また、コメント欄は引き続き閉じさせていただきます。
ごめんなさい。
そら豆はまことに青き味したり/細見綾子

蚕豆を剥く三代の姦しく/小栗釣月

初夏の季語、【空豆】、蚕豆(そらまめ)、はじき豆。
七輪の焼蚕豆の黒き瘤/小栗釣月

莢が空に向かってつく為に、空豆。
また、莢の形が蚕に似ている為に、蚕豆とも言う。

この空豆はビールにも日本酒にも合う、最高のアテでございます。

私的に、初夏を一番感じさせる野菜ですなぁ~。

そら豆のまだ眠さうな顔ばかり/長谷川櫂
よき風によき蚕豆の塩加減/朝妻力
そら豆の粒の数だけ笑ひあり/山田弘子
ひと掴み足す蚕豆を市に買ふ/林裕子
越の良き酒供ふ空豆を剥く/小栗釣月

料理方法も様々、旬の野菜は食すべしっ。

とは言え、空豆の酒の席での女性との想い出が悪過ぎる(笑)。
あ~、思い出すと酒も苦くなるなぁ(笑)。
空豆を投げつけ席を立つ女/小栗釣月
喧嘩別れして蚕豆と昼酒/小栗釣月
次回のLIVEは、六月十一日、里中君の前まで遠征です(笑)。

どうする紫式部・・・(笑)。
NHK大河ドラマ『どうする家康』。

見ていませんが・・・今、どのあたりなんでしょうか(笑)。

イッセー尾形が超気になるですが・・・(笑)。
私、NHK大河ドラマを最後に見たのは、、『翔ぶが如く/原作・司馬遼太郎』ですね。
なんと、平成二年(1990年)ですよ。
次女が生まれた年ですヨ、懐かしいなぁ(笑)。

その後、大河にはまったくご縁が無く。
と、言うか、ココ二十年ほど、貧乏で自宅にTVが無いのです。
見たくても見れませんのデス、おほほほほ(笑)。
そんな、私ですが・・・来年の大河には興味があるんですよね~。
2024年・大河ドラマ・「光る君へ」

主演、紫式部役が、大大大好きな吉高由里子ちゃぁぁぁぁん。

さらに、これまた、大大大好きな瀧内公美様もご出演。

ライバルの清少納言は、なんと、ファーストサマーウイカ。

ベースは多分、『紫式部日記』でしょうね。

有名な『紫式部日記』は、藤原道長の要請で宮中に上がった紫式部の日記と手紙からなります。
1008年(寛弘五年)秋から1010年(寛弘七年)正月までですね。
紫式部はね~、超ネガティヴなの、信じられないくらいムチャクチャ暗いの。
体調が悪い時に、『紫式部日記』を読むとダークサイドへと真っ逆さまに落ちて行っちゃうのよ。
なぜ、才女たる彼女がどん底的な根暗かと言うと、頭が超良過ぎたのね~。
紫式部が漢文を読んでいると同僚から漢字なんか読んでると殿方に嫌われちゃうわよとか言われた時代っす。
父親からもお前が男だったらと何度も言われて彼女は凹みます。
宮中は超男尊女卑、学問が出来た女性は逆に蔑まれたりします。
まぁ、紫式部の話はキリが無いので、是非とも、体調が万全の時に、『紫式部日記』をお読みくださいマセ。
来年の話は鬼が笑うからなぁ~、誰に録画してもらおうかなぁ、う~ん。
実むらさき女等は声深めゆく/加藤知世子

え~と、この美しい紫の実、紫式部ですぅぅぅ。
秋の季語なんですが・・・せっかく?なので(笑)。
俳句としては、実紫(みむらさき)としても詠むことが多いです。

紫色の実をびっしりつける為、何時の頃からか「紫式部」となりましたっ。

むらさきしきぶ派閥には疲れたよ/小栗釣月
雅の時代も現在と同じく政争、派閥争いが絶えませんでした。
特に紫式部の時代は、あの、道長の時代、はい、安倍晴明もいましたしネ。
私も大企業におりました頃、派閥争いに巻き込まれ・・・はぁ。
興味のある方は是非、紫式部の時代背景をお勉強いただくと楽しゅうございますヨ。
道長のあまりにも有名な教科書にも掲載されている歌。
道長が奢り高ぶっていると、不人気を不動のものにした、この一首。
「この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき・満月)の欠けたることもなしと思へば」
約一千年前(1018年10月16日)の、酒席の戯言でオフレコの一首を政敵がリークしました。
権謀術数をめぐらす日々・・・その息抜きの場さえ油断できなかったんですなぁ。

来年の大河ではどこまで描き切れるのか、ですね。