4/2・本日・【蓮翹忌・光太郎忌】
岩の上に基督(キリスト)のいる寒さかな
春雨やジョツトの壁画色褪せたり
本日、4月2日は、高村光太郎/たかむらこうたろうの忌日デス。
高村光太郎が、
アトリエの庭に咲く、
連翹の花を好んでいたことから、
蓮翹忌とも呼ばれています・・・。
1883年(明治16年)3月13日~1956年(昭和31年)4月2日。
「智恵子は東京に空が無いといふ…」
愛の詩集『智恵子抄』はあまりにも有名ですね。
智恵子は、福島の造酒屋の娘でした。
その智恵子が作り残した、
梅酒を味わう光太郎の詩・・・・。
【梅酒】
死んだ智恵子が造つておいた瓶の梅酒は
十年の重みにどんより澱んで光を葆(つつ)み、
いま琥珀の杯に凝つて玉のやうだ。
ひとりで早春の夜ふけの寒いとき、
これをあがつてくださいと、
おのれの死後に遺していつた人を思ふ。
おのれのあたまの壊れる不安に脅かされ、
もうぢき駄目になると思ふ悲に
智恵子は身のまはりの始末をした。
七年の狂気は死んで終つた。
厨(くりや)に見つけたこの梅酒の芳りある甘さを
わたしはしづかにしづかに味はふ。
狂瀾怒涛の世界の叫も
この一瞬を犯しがたい。
あはれな一個の生命を正視する時、
世界はただこれを遠巻きにする。
夜風も絶えた。
by智恵子抄
羊羹さんの奥様のお手製の梅酒を飲むと、
この詩を、光太郎の純愛を、思い起こすのです。